2010年01月28日

回顧。八

そこから、急ピッチで帝王切開の準備が始まりました。
時刻にして、午前3時前。説明では、4時には手術が始まって、5時には赤ちゃんと会えるでしょうとのこと。
はいはい、もう何でもいいから早くしてちょーだい。と、私だけもうリラックスモード。
絶え間なくやって来る陣痛だけ我慢すれば、とにかく、麻酔まで我慢すれば、もう私の勝ちだわと、歯を食い縛り耐えに耐えます。
その隣で、母とドゥベは神妙な面持ちをしていました。
ドゥベは矢継ぎ早に行われる術前の説明に、ただ頷きながら、同意書にサインを。
母は、結局、最後まで産めなかったことに、私が落ち込んでいるだろうと、必死で慰め、励ましてくれました。
「もう、これだけやったら、自力で産んだも一緒だからね」「良く頑張ったね、もう少しだよ」と。
しかし私はとにかく、どういう産み方であろうと、私のお産に変わりはないと思っていたので、今はそれよりも、早く麻酔を!!と思っていた、なんて母にはとても言えないけれど(苦笑)
母の気持ちがとてもとても嬉しくて、抱きつきたいのも本当でした。
点滴されたり、剃毛(笑)されたり、裂けたとこ縫ったり(失礼)…もう、私はまるで人間の尊厳というかプライドというか、全て失ってました…。
何だ、十分、曝け出しているじゃないか!(爆)

まあともかく、そんなこんなで手術室に向かう時間となりました。
勝った!勝ったよ、私!そんな気持ちでいっぱいの私の顔は晴れ晴れとしていて、心はこの上なくスッキリとしていたのでした。
posted by まう〜 at 22:07| Comment(0) | 妊婦生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

回顧。七

「切ってください」
頭の中に、そんな言葉が何度となく浮かびました。
何度吸引したか数えるのもやめました。
息むのももう嫌になりました。
お腹も押さえられました。ジークもきつかったと思います。
足下からぐいぐい押され、頭は引っ張られ…。
でも、ジークは強い子でした。心音はほぼ変わらず、元気に一定のリズムを保っていました。
でも私はかなり弱気になっていました。
助産師さんが言いました。「先生、もしかして…」
先生も触診して確認しながら、そして私に「身長何センチ?」と聞きました。
「162センチです」と答えると、先生は首を傾げ、言いました。
「普通、それくらい身長があったら、レントゲンは撮らないんだけどね…」と前置きして、

「どうも、君は骨盤が狭いみたいなんだ」

「それに対して胎児の頭が大きくて、出てこれないのかもしれない」

おーーーーーーーーい!

ここまできて、それかーーーーーーーーーい!!

疲れきった頭の中で、人生最大の突っ込み。

いくら仕方のないことでも、ここまで来ないとわからないだなんて、お産の恐るべき罠かこれは!?
私は頭の中で涙を流しながら(実際は涙なんて一滴も出ない)、これから、身長に関わらず、みんなお産の前にレントゲン撮ったほうがいいんじゃねえのー?と、それも頭の中で呟くのでした。

「こうなったら、もう、帝王切開した方がリスクが少ないと思うんだけど…」

「切ってください」

今、すぐに!!(笑)
posted by まう〜 at 21:58| Comment(0) | 妊婦生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

回顧。六

私は、「吸引」という言葉に何の抵抗もありませんでした。
何故ならそれは、お産の体験を聞くにあたり、何度も耳にする言葉で、然して珍しいものでも何でもないと思っていたからです。
先生から受けた説明も、その体験談に含まれた者と何ら変わりなく、「お産で苦労している人の為のお助けマシーン」というくらいにしか考えてませんでした。
しかしそれが、大きな誤算だったのです。
いや、そんな風に書くと、これからお産をする人が、吸引を進められる場面になった場合、激しく躊躇するかもしれません。
私の場合の誤算は、「吸引すれば必ず生まれるんだ」という思い込み、なのです。
「お助けマシーン」と彼が讃えられることがあるならば、それはきっと、二、三回で見事、可愛いわが子の産声が聞こえた時でしょう。
だがしかし!何度入れても、大きな空気音(プシューッと空気の抜ける音)と共に便所のスッポン<ミニサイズ>が何の収穫もなく出てきた時の精神的苦痛と肉体的激痛といったらもう…もう……(滝涙)
そして「もう一度」「もう一度」と、こともあろうか陣痛の合間(素面の状態)にスッポンを突っ込まれる屈辱…!(苦笑)
せめて陣痛の時なら痛みでわけがわからないだろうにね、と何度思ったか。
痛くても辛くても、意外に頭の中は冷静でしたのよ、私。
いや、だから産みきれなかったのかなあ…。
お産は全てを曝け出して吐き出して丸裸になることだって、産んだ後に読んだ雑誌に書いててショックだったなあ…。

まあそういうのはさておき、恐怖の吸引ですが、それは全く功を奏さず、私の躰を疲弊させ、ドゥベが顔面蒼白になり倒れかけて(血が飛び散ってたらしいyo)、もう少しのところで母が先生に白タオルを投げるほどでございましたとさ。
posted by まう〜 at 21:47| Comment(0) | 妊婦生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

回顧。伍

いよいよ、息む段階に入りました。
まだ、お産の体勢には入っていなかったのですが、その頃から、父の姿はLDRから消えていました。
それまで静に息み逃しを続けていた私も、流石に、息む段階になると、痛みを抑えることは出来ませんでしたので、それはもう、今まで出したことのない叫び声を上げ続けていたのです。その声に、もう自分は入るべきではないと感じてくれたのでしょう。
それでも、時折、母が「お父さんは…どうする?」と訊いてきました。
私は首を振り、「もう見せたくない」と告げました。
ドゥベが私の手を握りながら一緒に息んでくれました。もう、腰を擦られても、あまり効果がないほど、痛みは極限に近付いていました。
それでも、お産の進みは鈍く、陣痛の合間に睡魔に襲われ、何度も意識を失いかけては、痛みで起こされるというのを繰り返しました。
「そろそろ産もう」――子宮口が全開になるのを待って、いよいよベッドが分娩台に変わる時が来ました。
何度か様子を見に来ていた先生も、本格的にLDRに入ってきました。
陣痛が来ます。息みます。…が、上手くいきません。
息み方が、いまいちよくわかりませんでした。
ヨガで習っていた猫のポーズを思い描いても、いざとなると、力の入れ方が、よく理解出来なかったのです。
助産師さんからも、先生からも、「う○ちをするみたいに!」と何度も言われました(笑)頭では理解しているのですが、どう頑張っても胎児は降りてきません。
何度も何度も繰り返して、やっとコツが掴めてくると、時折、ググッと降りてくる感覚がやってきました。
が、まだまだ生まれるには至りません。

「吸引しようか」

それが私にとって最大の試練でした。
posted by まう〜 at 21:33| Comment(0) | 妊婦生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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